じぇんが

 

アンガールズじゃないよ。ジャンガジャンガじゃなくて、ジェンガ。あの、積まれた木の塊を摘んでいく単調なゲーム

 

今、そんな心境

 

 

私も彼も、人が離れていく恐怖を知りすぎてしまっているんだと思う。だから、自分から手を離して、なのに離してしまったことを後悔して、自分勝手に悲しむ。そういうことを繰り返しすぎて、人が「当たり前」と思う「丁度いい」距離感なんて分からないし、考え方が極端になってしまう。ジェンガみたいにいつだってぐらぐらで、崩れるか、穴だらけのまま佇むかしか、生きていく方法を知らない

 

たまに、ぐらぐらしていることに気付いて、心が縮んで、どうしようもなく不安になる。気づいてない内は、何ともないのに。崩れることに怯える

 

知らん振りして、知らん振りし続けると、自然とまた、ぐらぐらしていることなんて忘れてしまって、よく分からないバランスに安心する

 

その繰り返し

 

何言ってるか分からないよね。わはは

 

銀河鉄道の夜

 

ゴミ

 

ゴミみたいな星空が観たい。星は元々宇宙のゴミ。私の今の悩みが思い切り馬鹿みたいに思えてしまうくらい、綺麗なんて野暮な言葉を使えなくなるくらいの星空をみたい

 

f:id:reha2013ot36243:20170205232956j:image

 

数年前に長野で撮った。星は見えないけど、信じられないくらいに夜空が澄んでいて思わず撮った。夜明けみたいだった

 

銀河鉄道の夜は読んだことないけど、銀杏BOYZ銀河鉄道の夜は大好き。歌声だって音だってちっとも透明じゃないのに、峯田さんの歌声と銀杏の音は、ゴミみたいな星空をみてるように胸がいっぱいになって、「素敵な曲」なんて野暮な言葉が言えなくなってしまうのだ

 

あーあ

 

 

bpm

今年

 

正直、やり残したことの方が多い1年である。まだあと半月ちょいあるけど、絶対に。

 

まあ理由ならちゃんとあって将来の為なんだけどさ。命かけて全力でやりたいことしかやってこなかった私にとっては、正直窮屈に感じることも沢山あったわけで。こんなに我慢した1年初めてだったなーなんて思う。

 

本当はやり残したことこと何もないように、要領のいい生き方をしたい。そうやって生きている人沢山いるし、その度に自分の不器用さに死にたくなる。

 

そんなことずっと考えてたけど、さっき「やり残したこと」って考えと同時に、何故かぽこっと「美味しいもの沢山取っといちゃったなあ」なんて思った。

 

あ、そっか。とてもとても有難いことに、まだ私にやれることはある。まだまだ食べ尽くしてない。充分我慢はした。あとは喰らうだけなのだ。今はそのためのエネチャージ中。って考えたら、我慢の1年も、悪くはなかったかなって思う。

 

自分ネガティブ思考とみせかけて、実はものすごくポジティブ野郎だよな

 

こっからBPM早め。生き急ぐな、なんて余計なお世話。思う存分、生き急いでやる

お腹空いた

 

何か食べたいしお店入りたいけどどうせ食べたら後悔する。でんぷんやら脂質がしっかり分解されて吸収されてくことにどうせ後悔する。

 

そんなこと考えたらBGMはくるり

上海蟹、今は食べたくない

 

さっき何してんだろとか思いながらルミネに寄った。高校生の頃はV/Vの為だけに寄ってたし他の所はきらきらしすぎて自分には眩しすぎた。つーか服たけーし同じような服しかなくて違い分かんないし、そんなしょむない服着るくらいなら私はうんと誰も着ないし選ばない服着たい。人とひたすら違くなりたい。端っこに行きたいなんて考えていた。目立ちたいとかそういうことじゃなくて、色んなことから右向け右したくなかった。なんかクソつまんなかったから。今思えばあの時の私なりに、必死に自我を確立したかったんだきっと。発達段階的には模範的。標準、平均、右向け右!うけるー

 

話戻して、さっきいたルミネで1900円の服が売っていた。手に取って、駆け寄ってくれた店員さんに「安いですね〜」ってにこにこした。あの時の自分が「ふざけんな死ね」って言ってた。2割くらいごめんなって思った。でも仕方ない。そうやって私はもう右向いたら右向かなきゃならない社会に溶け込まなきゃやってけんのだよ。

 

そんな「仕方ない」って思った自分に今の自分が「ふざけんな死ね」って言った。うけるー

 

ふざけんな。お腹空いた

人の音

 

人と話すこと超嫌い。誰かに自分のこと話すことめちゃ体力使う。もっと言っちゃえば自分の話するより人の話聞くのはもっと体力使う。自分にとって利になること以外はできる限り聞きたくないなんて思ってしまう。でも不思議と私に話してくれる人たちの話は毎日面白くてすげーすげーってなる。その度に私はとても恵まれているんだなって思う。

 

でも人が発する音は好き。発してる言葉って個性的な音だ。楽器。この人は「あ」をこんなふうに言うんだとか。咽頭まで開いてるようなあ、えっぽいあ、おっぽいあ、小さいあ大きいあ中くらいのあ。真似したくても一生真似出来ないその人だけの音だ。でもそういう音きくの大好きで真似したくなる。

 

それだけ

 

 

答えは風に吹かれてる

 

おっす!俺だよ。何で世の中って、勉強しなきゃいけないシステムになってるんだろうね?面倒くさ〜い!なんて言おうものなら、「人生の選択肢を広げるためでは?」とか「まだ若いうちから経験を積むことはどれだけ恵まれているか……」とかとか、まあ双方から自己主張の乱れ打ちをカマされる様な昨今ですがいかがお過ごしでしょうか。うるせえんなこた分かってるんじゃ。お前の意見は聞いてないし分かってても面倒くさいんじゃボケ。面倒くさいの行き場くらいあったっていいだろ。つーかそんなに誰かに認められたいのかよ!!ええ、別に何かされた訳じゃないけど、そんな風に思っちまうんですよね〜

 

ブログなんてもんは最近は下火傾向なのかね?長文よりも140文字で如何に秀悦なこと言えるかの方が重宝されている気がする。読むのも打つのも面倒だしね〜。あ、また「面倒くさい」の領域に入るね。あっは、生きるの面倒くさい

 

今回のタイトルは、つい最近ノーベル文学賞取ったボブディラン氏の歌詞から引用したよ。この一文はすごく好き。ボブディランって何?誰?って言う人はもちろんいるけど、曲の一節を聴くと皆「あっ!」ってなるよね。自分もその1人ですが。音楽が生活に当たり前の様に溶け込んでいるのって実はすごい事だと思う。

 

そんなことを思う、秋から冬への移り変わりでした。殆ど愚痴だね、えへへ

 

BLUE

 

 

こつこつ

 

ようこそ、BLUEへ

BLUEというタイトルは、私が最も敬愛するバンドの曲名からお借りしました。

 

ブログ書くのめっちゃ久しぶり。中学3年生から細々と続けていたAmebaブログ以来かな〜?なんて思っていたけど、よくよく振り返ればcrooz blogもDECOLOGも前略のリアルもやってたわ。影響されやすい学生でした。もっとも、ぼこぼこにいじめられていた学校よりは、SNSの方がよほど心地良い場所でしたからね。

 

そんなこんなで、気まぐれに始めたからまた消したくなったら消すかも。まあ自己紹介でもしてみますか。

 

21歳。女性。現在は専門学校の4年生です。「専門学校なのにどうして4年生なの?」という質問は腐るほどされますが、某高度専門士の資格を取るべく、4年過程でこつこつと通っているのです。2月に国家試験を受けます。なのでまあ受験生ということになりますね。もう勉強とは無縁の生活を送りたくて野良のような高校に通っていたのに、気がつけば自分から勉強しているという何ともマゾヒズムなことをしてます。

 

あと、私にとって切っては切れないものが1つありまして。音楽です。4歳でピアノを始めてから高校3年生まで、吹奏楽、バンドと、毎日音楽の事を考えるのが当たり前の毎日を過ごしていました。どうやら父親が元バンドマンだったらしいのですが、そんな事も知らなかった娘は小学生からビジュアル系やパンクロック、はたまたデスメタルまで聴き漁り、周囲の女の子の愛読書が青い鳥文庫から「ニコラ」「ハナチュ→」に移り変わっていた頃の私の愛読書は「ARENA37℃」と「FOOL’S MATE」。捻くれたクソ可愛くない12歳の完成です。遺伝って怖いね!!

 

そんなこんなで、今でも音楽がすごく好きです。頭の中で音楽が鳴ってない日はないし、常に何か鼻歌歌ってます。好きなジャンルはガレージロックやパンクロック。ちょっと昔はビジュアル系の世界にどっぷり肩まで使っていたという、まあ何とも統一性がない音楽の嗜好を持っています。音楽を通じて出来た友達しかいないので、デパコスの話や表参道に軒並み貫くパンケーキ屋の話なんかは出来ません。すいませんがお引き取り頂いて、巻きグソみたいな生クリームでも頬張りながら胃もたれしててください

 

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。そんな精神で生きています。ここではなるべく、好きなことや好きなものについてたくさん書いていきたいな。宜しくお願いします

 

 

f:id:reha2013ot36243:20161011003948j:image